藤村志保さんは、大映映画「破戒」でデビュー以後、映画・舞台・ドラマだけでなく、朗読や地唄舞の公演など幅広い分野で活躍されています。
取材の日は、東京に開花宣言が出た数日後。「今日は桜のきもので参りました」とほほえむ藤村さんは、ピンクがかった藤色に桜が描かれた縮緬の訪問着。その佇ち姿は、凜としてすがすがしく初々しい「新人女優・藤村志保」を思い出させるとともに、ひたむきによい年を重ねてきた人の風格を漂わせていらっしゃいます。
そんな藤村さんに、人生に大きな影響を与えた地唄舞の武原はんさんとの出会いを語っていただきました。
「ひたむきさ」を武原はんさんに愛されて
日本舞踊の名取りでいらした藤村さんが、地唄舞の武原はんさんに心酔して、「押しかけ弟子」のようなかたちで師事されるようになったいきさつは?
藤村さん:「女優業が忙しくなると、東京にある踊りの先生のもとになかなかお稽古に行けなくなりました。そんな折、たまたま武原はん先生のお舞台を拝見する機会がありまして、先生の舞の素晴らしさに、すっかり心を奪われてしまいました」
武原はんさんは「芸は一代限り」という潔さで有名。弟子をとらない人であった。「はん狂い」とからかわれるほど武原さんにのめり込んでいった藤村さんは、ひたすらその舞台を観続けた。
女優の藤村志保という子がよく舞台を観に来ているらしい、という話が武原さんの耳に達したのであろう。知人が武原さんの経営する六本木の高級料亭《はん居》に招いてくれた。
藤村さん:「素の先生がこれまた素晴らしくて、こういう方のおそばにいたい!もっと舞を拝見したいと思いましてね。同じ《はん狂い》の友人と、せっせと先生の舞を拝見に通いました。そのうちに、拝見するだけでなく、教えていただきたいと思いつめるようになりました」
弟子をとらない武原さんにもそのひたむきさが通じたのか、やがて、代稽古の人に振りを習い、上げざらいを武原さんに観ていただけるようになった。
藤村さん:「《はん居》の広間の襖をあけると、白砂を敷き詰めた庭を挟んで先生の舞台兼稽古場がありました。その稽古場をいつでも使ってもよいというお許しをいただいたのです」
藤村さんは、娘のころに許された「花柳(はなやぎ)麗(うらら)」という名を返上し、女優・藤村志保として舞を一から学ぶことになった。
役者は、年輪とともに、血となり肉となるものをたくわえていかなければ
今年の二月、東京の紀尾井小ホールで珍しい舞台にお立ちになりましたね。藤村さんと、身の丈が三分の一にも満たない操り人形とのコラボレーション。初めて接した舞台でしたが、生身の役者と人形が違和感なく一体となって芝居する姿に驚きました。
「北越誌」の舞台より(人形
田中純さんほか)
2006年2月、東京紀尾井小ホールにて |
藤村さん:「そうおっしゃっていただくとうれしい!あの作品『北越誌』は、昭和四〇年代に秋元松代さんがテレビドラマとしてお書きになりました。映像として放送されたものを舞台でどう表現できるか、心配だったのですけれども、江戸糸操り人形の結城座の皆さん、津軽三味線の本城秀太郎さんたち、せりふやナレーションを担当してくださった俳優さんたちのお力添えで、いい舞台だった!とご好評いただきました」
収容人数も限られており、二日間四回のみの公演で、チケットを手に入れられない人が続出。急きょ、初日の前日追加公演をするというハプニングとなった。
藤村さん扮する盲目の旅芸人「瞽女(ごぜ)」の糸栄は、雪の越後を旅して農閑期の村々で芸を披露し、村人たちを愉しませていた。盲目の旅芸人ながら、芸を磨き、誇り高く生きてきた女であった。シンプルな装置の舞台に、素朴な三味線の音色が響きわたり、目を閉じた糸栄がまるで能舞台にあるかのように典雅に動き、静かに女の情念を燃やす…。 |
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藤村さん:「武原先生のおそばで学んだ日がなかったら、『北越誌』の舞台にはつながらなかったと思います。この企画は演劇評論家の渡辺保先生のおすすめによるものだったのですが、邦楽と江戸糸操り人形と演劇集団『円』の方たちと私とが、一つの舞台を創りあげるというそれは冒険的な試みでした。ごらんになった方が、私と小さな人形との絡み合いに違和感なく引き込まれた、とおっしゃってくださったのは、武原先生からお教えいただいたことが、少しは私の体のなかで血となり肉となったのかもしれませんね」
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藤村志保プロフィール
1939年神奈川県生まれ。フェリス女学院高等学部卒業。62年、大映映画「破戒」でデビュー。以後大映時代劇のヒロインとして活躍、市川雷蔵・勝新太郎との共演が多い。NHK大河ドラマ「太閤記」のねね役で好評を博し、以後テレビ、舞台にも活躍の場を広げる。主な出演作に、テレビドラマ「花へんろ」「ひまわり」「温泉に行こう」「てるてる家族」、舞台「父の詫び状」「冬の運動会」、映画「東京日和」「あ、春」「白い犬とワルツを」「カーテンコール」「二人日和」など。また、源氏物語や童話の朗読、地唄舞の公演を行なうなど幅広い分野で活躍。最新作映画「小津の秋」の公開も待たれる。 |
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