児玉清さんは役者としてのドラマの渋い演技ばかりでなく、「パネルクイズアタック25」の司会者、「週刊ブックレビュー」等での書評家としての存在感も際だちます。「ほんの腰かけのつもりで始めた俳優を、生涯の仕事として続けることになろうとはねぇ。ぼくは本当は飽きっぽい性格だったんですよ。しかし、俳優というのは曖昧模糊(あいまいもこ)とした仕事で、奥が深いというのかな、十人中九人の人がダメといっても、一人のほめ言葉があれば、そうかな、と納得してしまう。メジャーでははかることのできない魅力にとりつかれて、半世紀近くをこの世界で過ごしてきました」自らを「シャイで不器用」と語る児玉さんに俳優人生を振り返っていただきました。
俳優・児玉清の複数の顔
テレビの世界で俳優としての地位を確立される一方で、司会者というもう一つの顔をお持ちですよね。日曜日午後に放送の「パネルクイズアタック25」(朝日放送)というクイズ番組は、三十年以上も続く長寿番組ですが。
児玉さん:「ぼくはずーっと長い間、自分くらい下手な不器用な俳優はいないと思っていたし、代表作はこれだというほどの作品も持っていない。だから自信がなくて、登校拒否じゃないけれどドラマの仕事場に行くのがつらい時期があったんです。でも、『アタック25』があったおかげで、暮らしの糧を保証されていたのは本当にありがたかった。仕事をくださいといってテレビ局回りをする必要もなかった。ドラマ出演の依頼があると、ぼくはまず台本を見せてくださいとお願いします。でも、これは結果的に仕事を断ることになる場合があります。というのは、いまは、まず俳優のスケジュールを押さえてから、台本ができるのがほとんどだからです」
「仏の顔も三度」というが、同じプロデューサーのオファーを三度断るとまず仕事が来なくなる。児玉さんにもドラマの出演依頼がまったく来なくなった時期がある。しかし、児玉さんは泰然としていた。それもこれも「アタック25のおかげです」と、感謝してやまない。クイズの司会の合間にたっぷりと好きな本を読むことができるし、好きな絵が描ける。家族旅行も楽しめる。贅沢をしないので、暮らし向きに困るということもなかった。
NHK・BSⅡの「週刊ブックレビュー」は、新刊書・話題の本のテレビ版書評という新しい分野を開拓したユニークな番組ですが、こちらの司会も長いですね。
児玉さん:「司会のお話をいただいたのは、放送開始三年目を迎える平成四(一九九二)年の正月でした。本が大好きなぼくにとって理想の番組で、即座にOKし、お引き受けしたのですが、一回の放送のために最低でも五冊、特集コーナーで作家を招くときなどは八冊くらい読まなくてはならない。隔週で受け持つことになったんですが、それでも、月に十冊から十五、六冊を仕事のために読むという生活が始まりました。好きなものばかりではなく、それまでご縁がなかった本、読もうとしなかった本が読めるのは、勉強にもなったし、たいへんな収穫がありました」
若いころから本が大好きで、俳優として自信をなくしたり、撮影現場でつらい思いをしたりしても、好きな本を手にしてフィクションの世界に入り込むと、たちまち「心の憂さ」を忘れてしまう児玉さんであった。そんな彼が、本を、読書を「仕事」にできるようになったのは、まさに「ところを得た」感じである。
読書により身についた知識や教養が、年齢とともに一段とやわらかな魅力を加えた。書評や本にまつわるエッセイの執筆依頼が増えた。『寝ても覚めても本の虫』(新潮社刊)は、物書きとしての児玉さんが初めて世に送り出した本である。好きな作家や作品について嬉々として書きつづられた文章のなかに、本にまつわる失敗談もある。
児玉さん:「ぼくは食べるものも着るものもなんでもよくて、物欲はないほうですが、本だけは欲しいと思ったらどうしても買いたい、我慢ができない。そして買ったら絶対に捨てられない。本はなにものにも替えがたい、ぼくの《いのち》そのもので、わが家はその《いのち》があふれかえっていて床は抜けそうだし、戸は閉まらなくなるし(笑)。家内には対策を講じて、といわれています」
児玉清プロフィール
1934年東京生まれ。学習院大学文学部独文科卒。東宝映画を経て、フリーとなりテレビで活躍。NHK大河ドラマ「黄金の日日」「山河燃ゆ」「武田信玄」、連続テレビ小説「ファイト」、TBS[ありがとう」シリーズ、フジテレビ「HERO」「美女か野獣」など数多くのドラマに出演。朝日放送の長寿番組「パネルクイズアタック25」、NHK・BSⅡ「週刊ブックレビュー」などの司会を務め、書評家としても活躍中。著書に『寝ても覚めても本の虫』(新潮社)、『たったひとつの贈りもの』(朝日出版社)、『負けるのは美しく』(集英社)がある。
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