仲代 ― 再演の「ピアフ」はぜひ観に行きたいな 大竹 ― 私も仲代さんの「授業」、拝見したいです
仲代 ― 演技賞をいくつも受賞していますね。初演の「ピアフ」は観ていないんですよ。再演はぜひ観に行きたいな。来年はこの「ピアフ」と、そのほかに舞台の予定は?
大竹 ― 「スウィーニー・トッド」というミュージカルを、青山劇場で。これは再々演になります。
仲代 ― 「スウィーニー・トッド」!ぼく、ブロードウェイで初演を観たんですよ。すごくおもしろい舞台で、日本で翻訳上演されたらやってみたいと思っていたんです。
大竹 ― ああ、仲代さん似合いそう、トッド役!
仲代 ― まあ日本初演のトッドは市川染五郎さん、いまの松本幸四郎さんね、持っていかれてしまいましたが(笑)。それと「ラ・マンチャの男」。あれもブロードウェイで観て大感動して、ドン・キホーテをやりたかったんだけれど……。
大竹 ― これまた幸四郎さんの当たり役に(笑)。
仲代 ― そうなんだよねえ(笑)。もっともぼくはミュージカルをやれるほど歌えないからね、いいんだ、いいんだ。次回作の「授業」の舞台を頑張ります(笑)。
大竹 ― (「授業」のチラシを手に)拝見したいです。けっこう上演期間が長いですね。
仲代 ― 「授業」はね、初めてパリに行ったときに上演されていた芝居なんです。これを書いたイヨネスコは、小説でいえばサルトルやカミュのような、不条理劇の名手です。常識や道徳をぶち壊すんだ、1+1は2じゃないんだ、というよくわかんない世界です。

大竹 ― よくわかんない、って、仲代さーん(笑)。
仲代 ― いまだによくわかんないの(笑)。難解な芝居です。でもずっと以前からやりたくて、自分で企画してね。この稽古場で上演するんです。チラシやポスターのイラストも、イメージどおりにつくってもらえました。60年の役者人生、客席をいっぱいにするにはどうすればいいかを考えてやってきたけれど、この「授業」ばかりはね、お客さんが入らなくてもやりたい芝居なんです。苦しくても、お客さんが一人も来なくても、ぼくはここで「授業」をやります。
大竹 ― いいなあ、そういうの。芝居との、いい出合いですね。
仲代 ― 気が入っているんですよ。これが最後の仕事かなあと思いますし(笑)。
大竹 ― ちょっとやめてくださいよ(笑)。だってほら、「授業」のつぎの舞台もあるじゃないですか(と、仲代さんの扮装写真が入った「ロミオとジュリエット」のチラシを手にする大竹さん)。
仲代 ― 俳優には引退というものがないでしょう。阪神タイガースの金本選手が今季で引退しましたが、彼はまだ40ちょっとです。スポーツ選手だから、たとえどんな鉄人であってもいずれはそうやってグラウンドを去らなければならない。しかし俳優は違いますよね。年を取れば年相応の役柄というものがある。ただぼく自身はね、こたつで背中を丸めてお茶すすって、みたいな役はあまりやりたくないんですよ。
大竹 ― 似合わなそうですよね、仲代さんにこたつとお茶って(笑)。やってくださいと求められれば、もちろんそれに応えた演技をなさるとは思いますが、うーん……どうもイメージ湧かない(笑)。
仲代 ― でもぼく、今年でもう80歳になるんですよ。
大竹 ― 80歳!信じられませんよ。だってさっき仲代さんに抱きついたら私、驚きましたもん。うわあ、お背中の筋肉鍛えていらっしゃる!って。こたつに入って丸めるようなお背中じゃないですよ(笑)。
仲代 ― わかってくれたか(笑)。まあ、もうちょっと頑張ってみますよ。いずれまた、なにか一緒にやりたいな。
大竹 ― 嬉しい!そうですね、舞台で仲代さんと共演させていただきたいです。
仲代 ― ぼくはね、あなたにもう一つ、お願いがあるんだ。
大竹 ― はい。
仲代 ― 死ぬまで、女優でいてほしい。女優をまっとうしてほしいんだ。杉村春子さんや、山田五十鈴さんのようにね。
大竹 ― 私、杉村先生が亡くなられる少し前に、NHKの連続ドラマでご一緒させていただいたんです。これは結局オンエアされなかったんですが、一話分くらいは撮ったかな。そのときの杉村先生、歩くのもおつらそうで、肺に水がたまった状態でいらしたってあとで知りました。そんなにお体が不自由だったにもかかわらず、先生、とてもすてきでした。かっこよかったです。
仲代 ― あなたにもそうなってほしいんですよ、杉村さんのような「生涯女優」に。その瞬間、その瞬間を女優として純粋に生きて、瞬間のつながりが見事な女優の一生になる。もちろん、ぼくなんかがいわなくたってまちがいなくそういう生き方ができる人だと思っているし、実際そうなっていくのだろうけれどね。
大竹 ― 亡くなられた大滝秀治さんが、インタビューでこういうことをおっしゃっていました。「役者には過去も未来もない、あるのはいまこの瞬間だけ」って。その瞬間、目の前の役をやるだけ。役者にはそれしかないんですよね。
仲代 ― うん、それはわかる気がします。その瞬間を生きるうちに、一人の役者の人生ができあがるだけです。
大竹 ― 本当にそう。過去に戻ることもないし、未来だってどうなるかわからないですよね。
仲代 ― でもね、ぼくはきょう、久しぶりに会えてよかったよキミに。
大竹 ― わあ、そうですね!過去からのつながりで、いまこうして仲代さんと向かい合ってお話ができて。よかったです、私も。
仲代 ― (手を差しのべながら)未来はなくても、近い将来の共演のことは、意識の隅にしまっておいてくださいよ。きょうは楽しかった、ありがとうございました。
大竹 ― (かたく握手して)こちらこそ、どうもありがとうございました。いやだ仲代さん、すごいまとめ上手! びっくりしましたよ〜。
仲代 ― だってぼく、『知遊』の編集委員だからね(笑)。
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