役所 ― 仲代さんの「どん底」サーチンの舞台を観て感動 仲代 ― 無名塾入塾試験での役所は傑作だったよ
仲代 ― こうして顔を合わせるのは、いつ以来かな。
役所 ― 去年の夏にスイカ持って稽古場に来たんですけれど、そのときは仲代さん、稽古の真っ最中で。ぼくは稽古に没頭する仲代さんの背中しか見ていません(笑)。
仲代 ― それはそれは(笑)。

役所 ― こんなふうに改まって仲代さんとお話しする機会、なかなかないですよね。なにを喋ったらいいんだろう(笑)。ほかの人と対談するのとは、心構えが全然違うんですよ。
仲代 ― それはお互いさまだよ。もともとは一応、師弟の間柄なんだから(笑)。役所は無名塾に第二期生として入ってきたんだったね。
役所 ― はい。二期下に益岡徹(ますおかとおる)がいました。
仲代 ― 益岡は後輩か。そのわりには大きな顔していたぞ、あいつ(笑)。
役所 ― でも当時から、彼はいい役者でしたねえ。ぼくはデキの悪い塾生でしたが(笑)。
仲代 ― いやいや。あのころがあるからこそ、現在の役所広司がほめられていると、自分がほめられるよりも嬉しくなるんだよ。
役所 ― 無名塾に入るまでに、いろいろと運命的なことが重なりました。まず無名塾を知る前に、たまたまもらったチケットで俳優座の舞台「どん底」を観たんです。「うわあ、演劇ってこんなにもおもしろいものなのか」と、すっかり魅せられてしまって。そのときのサーチン役が、仲代さんだったんです。もちろんスクリーンの仲代さんはよく知っていましたが、初めて生の舞台の仲代さんを観て、それまで味わったことのない感動を覚えたんですよ。
仲代 ― そのころは公務員だったんだよね。

役所 ― そうです。「どん底」を観たことで、自分とはまるで縁のなかった演劇の世界に、俄然興味を持ち始めました。それからしばらくして、新聞に無名塾の記事が載っているのを見つけたんです。あの仲代達矢のマンツーマン指導を受けられる、自分もここに入りたい! と強く思いました。じつは当時、そろそろ故郷の長崎に帰ろうかなと考えていたんですが、無名塾を知ってしまったら、どうしても挑戦したくなって。帰郷するつもりでいたくらいなんだから、運試しに受験してみようじゃないか、と思って応募したんです。
仲代 ― 入塾試験での役所がまた、傑作だったんだよなあ(笑)。
役所 ― 試験以前に、応募用紙に貼った顔写真や「私の性格」欄に書いた言葉がどうも変だったみたいで。一次試験当日、審査員の皆さんには「ああ、あのヘンテコな願書の男か」という目で見られていたらしいんですよ。
仲代 ― 役所本人はつゆ知らずにね(笑)。試験の記憶、ほとんどないんだろ?
役所 ― 合格してから、皆さんに「おまえはこんなふうだった、あんなことをやった」と聞かされたんですよ。試験ではなにひとつまともにできなくて、パントマイムにしてもさっぱり。朗読試験では「とにかく大きな声でやろう!」と張り切って、それはもう大きすぎるくらいの大声を出してしまって(笑)。
仲代 ― 張り切りすぎて、貧血っぽくなったんだよね(笑)。ふらふらしちゃって。
役所 ― その気負いが、のどかな公園にいるつもりで歩く、という課題でも空回りしてしまいました。普通に歩けばいいものを、「『のどか』というのを表現しなきゃ」と思って、まるでバレエのまねごとのように飛び跳ねて、あげくのはてに転んだんですよね(笑)。これもあとから聞いた失敗談で、ぼく自身はよく覚えていないんです。
仲代 ― 頭が真っ白になっていたんだろうね。それだけ無我夢中に取り組んだんだよ。
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