知遊vol.14(2010年7月5日 発行)
【知遊の人】
歌舞伎を観続けて57年、愉しい充実した歳月でした
大向うから感謝を込めて「こびきちょう!」と劇場に声を掛けたい
山川静夫(アナウンサー、エッセイスト)
【児玉清の書斎へようこそ】
佐々木さんの小説の魅力は、登場人物の描写の豊かさにあります
児玉清/佐々木譲
【大原美術館 一枚の絵】
前衛画家たちの試行錯誤に「もう一つの答え」を出したアンリ・ルソー
・「牛のいる風景」(アンリ・ルソー)
柳沢秀行
【寄稿1】
コウノトリが悠々と乱舞する空を見たい
・生物多様性の文化について
保田 茂(神戸大学名誉教授)
【寄稿2】
「江戸」が現代に問いかけてくるもの
・いまも続く「時代劇」の時代
能村庸一(フジテレビゼネラルプロデューサー)
【黒田東彦の世界を見る眼】
ウズベキスタンから中央アジアの未来を展望する
・中央アジア五か国は、いま。
黒田東彦
【囲碁と読書は友だち】
「正」と「邪」の分かれ道に立つとき
マイケル・レドモンド
【中国古典に学ぶ】
また呉下の阿蒙に非ず
・『三国志』
守屋 洋
【ここが違う菌の常識】
菌って、耐えるものなの?
青木 皐/高田美果
【立松和平さんを悼む】
山を愛し、川を愛し、海を愛し、人を愛した旅人へ
知遊編集部
【ヒューマンドキュメント・医療機器を開発した人たち】第14回
X線機器の新たな領域を開いた、
世界初「直接変換方式FPD搭載循環器用X線診断装置」開発物語 PART2
福山 健
特集記事
國學院大學1年生だった山川静夫さんが初めて歌舞伎座の赤い絨毯を踏んだのは、歌舞伎座再建からちょうど2年後、演しものは柿落としと同じく『籠釣瓶花街酔醒』。下野佐野の絹商人佐野次郎左衛門は、初めて訪れた吉原で花魁八ツ橋を見染め通い詰める。「次郎左衛門が八ツ橋に魅せられたように、ぼくも歌舞伎に心奪われて通い詰めることになるのです...」次郎左衛門は八ツ橋に入れあげて身を滅ぼすが、山川さんは歌舞伎を愛し続けて57年、たくさんの知己を得、たくさんの愉しみを身につけて今年喜寿を迎えた。

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山川さんは静岡浅間神社の宮司さんの息子さんだそうですが、お父様は後を継がせたいとお思いだったでしょうね。 |

「そうなんですよ。父はぼくを神主にしようとして、大学3年のとき富士山頂で祝詞の練習をさせたんです。平地だと一息で祝詞を上げられますが、3776メートルの高地では空気が希薄ですからね、息が上がるんです。そんな状態のなかで3週間も修行です。風呂もない小屋での修行ですから、金剛杖ついて山頂の測候所まで貰い風呂に行ったりしてね。折しも歌舞伎という病膏肓に入る時期でしたから、東の空を眺めては『歌舞伎座はあっちのほうだなあ』と、気もそぞろで(笑)。勘三郎や歌右衛門の声色で祝詞をやっちゃったりするので養成所の指導員もあきれちゃってね、『お宅の息子さんは芝居に狂っていて、この調子じゃあ神主にはなれません』と、父に電話したそうです。
そんなこんなで神主にはならず、NHKに入ってしまったわけですが、後年『この神社の宮司さんは、紅白の司会をしている山川アナウンサーのお父さんですよ』なんていわれて、まんざらでもない顔をしていたそうですから、ぼくも少しは親孝行できたかな(笑)。静岡浅間神社は静岡駅から5分くらいのところにあるいい神社です。能の世阿弥の父・観阿弥が、亡くなる15日前に浅間神社で舞ったと、『花伝書』に書いてあります。それで、ぼくが寄付をして観阿弥の『碑』をつくりました。そんな由緒ある神社の宮司になっていたかもしれないのに、『とんだところへ北村大膳』ですよね(笑)」
父の希望に反して「とんだところへ、北村大膳〜」と、「北」を「来た」に掛ける播磨屋得意の「河内山宗俊」の名セリフを口にして、自らの「来た道」を振り返る山川さん。

「ぼくの人生は、両親のおかげ、友人や仕事の先輩・仲間のおかげ、歌舞伎に誘ってくれた大向うの人たちのおかげ、名優たちの芸や芸談のおかげ、それらのすべてがぼくの財産です。この歌舞伎座という江戸文化の《粋》を集めた場所で、愉しいありがたい時間を過ごさせていただきました。57年間よく面倒をみてもらいましたよ、この歌舞伎座には。それが、消えていくんですからね、感慨深いです。だからこそ、千穐楽には感謝をこめて『木挽町ッ!』って、この劇場の旧町名で声を掛けようと思っています。いまの町名『銀座四丁目!』じゃ、締まりませんからね(笑)」
3年後の平成25(2013)年春には、新しい歌舞伎座が完成する。山川さんが傘寿(80歳)の賀を祝う頃には、東銀座駅から歌舞伎座に上るエスカレーターもできるだろう。
劇場内もバリアフリーが配慮され、3階席への上り下りが楽になることだろう。長い間歌舞伎ファンの心の拠りどころであった歌舞伎座に名残を惜しむとともに、新しい時代の文化の殿堂の誕生を期待したい。
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山川静夫プロフィール
1933年静岡県生まれ。國學院大學文学部卒業後、NHKにアナウンサーとして入局。「NHK紅白歌合戦」「ウルトラアイ」「邦楽百選」など司会。1994年よりフリー。大学時代から歌舞伎に傾倒し、エッセイスト、歌舞伎愛好家としても活躍。 主な著書に『綱大夫四季』『歌右衛門の疎開』『アナウンサー和田信賢伝 そうそう そうなんだよ』(ともに岩波現代文庫)、『歌右衛門の六十年(共著)』『歌舞伎の愉しみ方』(ともに岩波新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞作『名手名言』『勘三郎の天気』(ともに文春文庫)、『歌舞伎の知恵』『私の出会えた名優たち』(ともに演劇出版社)、『山川静夫の歌舞伎十八選』『大向うの人々』(ともに講談社)などがある。 |
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