2008年5月30日、「赤川次郎氏の著書五百冊と還暦を祝う会」が、ホテルオークラで開かれた。世にベストセラー作家の数は少なくないが、500作品を上梓した作家は、この方をおいてほかにいない。まさに前人未到、そしておそらくは今後も誰一人真似のできない偉業であろう。
ビオラを奏く一人娘の実和子さんとその音楽仲間が演奏するクラシック音楽が流れ、主役・赤川次郎さんが感謝の言葉を述べた。スーツの胸元に挿した真紅のバラを示しながら、「この会が始まるときにはまだつぼみだったバラの花が、皆さまの温かいお気持ちに包まれて、満開になりました」と、ユーモアたっぷりに締めくくり、万雷の拍手を浴びたのであった。
原稿はすべて「手書き」、書き損じはしない
三〇年前にお書きになったものが、古さを感じさせない。久しぶりに初期の作品を読み直しても、昔の作品だということを忘れて読んでしまいます。
赤川さん:作者が進歩していないから(笑)。まあ、意識的に昭和何年のこと、とか何県のどこそこの事件というように、《時》や《場所》を特定しないせいかもしれません。ただ、小道具、とくに電話は時代とともに変わっていますね。公衆電話も十円玉を入れてかけていたのがテレフォンカードになり、自動車電話が登場し、いまやほとんどの人が携帯電話で話す時代です。長いシリーズで、登場人物は年を取っていないのに、昔は持っていなかった携帯を使っているなんてことになります(笑)。
哲学者の鶴見俊輔さんが赤川作品の大ファンで、「赤川さんの作品は、女性が中心にいて、女性の視座ってものがあって、そして社会が関係してくる。それがとてもおもしろい」とおっしゃっていますね。鶴見さんはとくに「杉原爽香」シリーズが気に入ってらっしゃるとか。
赤川さん:ああ、先ごろ出版した『三毛猫ホームズの談話室』という対談集でそうおっしゃっていますね。あの対談集はとてもありがたかったです。これまで、いろいろなことを教えていただいたりエネルギーをいただいたりした方々との対談でした。皆さんお忙しい『プロ中のプロ』ばかりで、その対談のおもしろかったこと! 還暦の年の発行で、たいへんいい記念になりました。
鶴見さんいち押しの「杉原爽香」シリーズは、ヒロイン15歳の秋の物語「若草色のポシェット」に始まり、年に一作ずつ描き続けてきた作品。ヒロインは作品のなかで一つずつ年齢を重ねてきた。その間恋をし、結婚し、出産を経験しながら事件に巻き込まれ、女性としてキャリアウーマンとして成長していく魅力的なキャラクターである。
赤川さん:最初は10年くらいで辞めるつもりだったのですがね。爽香の成長をわがことのように感じて読み続けてくださる読者も多く、もう20何年続いております。ヒロインの家族が大きくなったり、年を取ったりするのがとても身近な感じで、書いていても楽しい作品です。
原稿はすべて「手書き」とのことですが、筆記具は何をお使いですか。
赤川さん:昔は、モンブランとかペリカンとかの万年筆を使った時期もあるんです。なんとなく作家らしいじゃないですか(笑)。でも、インクが乾きにくくて摺れるんです。いまは、細めのサインペンを山ほど買って使い捨てています。原稿用紙は、光文社がつくってくれる400字詰め用紙を使います。1度に2万枚つくってくれますが、だいたい1年で8000枚。2年半で使い切るといったペースです。
書き損じた原稿を丸めてポイ、ということはない。いちばん多忙なときは、日刊紙2本、週刊誌3本、そのほかに小説誌もあり、1日40枚、1か月1200枚を手書きしたことがあった。書き損じたり、丸めてポイする時間がなかったのかもしれない。増刷を含めて、これまで発行された赤川さんの本が3億冊余り、そのうち角川文庫だけでも1億冊を超えている。
赤川次郎プロフィール
1948年福岡県生まれ。76年、「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受賞し、デビュー。作品が映画化されるなど、続々とベストセラーを刊行。「三毛猫ホームズ」シリーズ、『ふたり』、「天使と悪魔」シリーズほか著書多数。 |
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