知遊vol.29(2018年1月10日 発行)
【知遊の人】
石坂浩二(俳優)
作品に恵まれた役者人生も半世紀
やるべきことは、まだ…
【磯田道史の古文書蔵出し話 お蔵入りの扉を開く】
自分で自分の限界をつくらない男・西郷隆盛
「自分を檻に閉じ込めない」ために
磯田道史(歴史学者、作家、国際日本文化研究センター准教授、本誌編集委員)
【一枚の絵】
頭蓋骨や一輪の白い花は、なにを語る?
この絵のモチーフを意味づけることはむずかしい
パブロ・ピカソ《頭蓋骨のある静物》
柳沢秀行(大原美術館学芸課長)
【囲碁と読書は友だち】
学生たちに囲碁から「筋」を学び、戦略的発想を身につけてほしい
マイケル・レドモンド(プロ棋士・日本棋院九段)
【仲代達矢の無名塾へようこそ】
志麻さんは、「役者の血」がからだの中に流れている、
日本一色っぽい女優です
ゲスト 岩下志麻(女優)
仲代達矢(俳優、無名塾主宰、本誌編集委員)
【動物行動学の視点】
なぜ動物たちは集まるのか
「群れ生活者」と「単独生活者」
今福道夫(動物行動学者、京都大学名誉教授、本誌編集委員)
【ヒューマンドキュメント・医療機器を開発する人たち】第29回
日本独自の医工連携人材育成プログラムを立ち上げる
谷下一夫・慶應義塾大学名誉教授・日本医工ものづくりコモンズ副理事長
福山 健(オルバヘルスケアホールディングス社外取締役・独立役員)
特集記事
「知遊の人」に石坂浩二さんをお招きしました。
石坂浩二さんは、映画「金田一シリーズ」や、NHK大河ドラマ「天と地と」「元禄太平記」「草燃える」、 昨年話題となったテレビドラマ「やすらぎの里」等で主演されました。
映像も舞台も、作品を仕上げるのは、ビジネスプロジェクトを完遂させることと同じです。
「仲間がいて、自分がいる。だから仕事をやり通せる」。これが、石坂さんの主張です。
多くの素敵な仲間に囲まれた役者人生についてお話をうかがいました。

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石坂浩二(いしざか・こうじ)プロフィール
1941年東京・銀座生まれ。本名・武藤兵吉( むとう・へいきち)。慶應義塾大学法学部在学中からテレビドラマや舞台に出演し、卒業後は劇団四季に入団。演出部に所属し、浅利慶太の演出助手を務めるかたわら、台本や劇中歌の作詞も手がける。67 年からは俳優業に専念。テレビドラマは「ありがとう」シリーズをはじめ、「潮騒」「2 丁目3 番地」「太閤記」「天と地と」「元禄太平記」「草燃える」「元禄繚乱」「白い巨塔」「相棒」「やすらぎの郷」など、映画は「犬神家の一族」「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」「細雪」「おはん」「ビルマの竪琴」「鹿鳴館」「図書館戦争」「相棒」など、代表作多数。プラモデル同好会《ろうがんず》を主宰している。
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後期高齢者の個性派が勢ぞろい「やすらぎ」どころじゃなかった撮影現場
――「やすらぎの郷」は好評のうちに大詰めを迎えようとしています。初回から拝見しておりますが、高齢者には嬉しい企画で毎日の放送が楽しみでした。
近ごろのテレビは、ワイワイガヤガヤ賑やかなだけで、じっくり観られるドラマがないという声が、とくにシルバー層に多かった。そのような視聴者向けのドラマを創ろう、という脚本家倉本聰さんの働きかけに応じたのが、テレビ朝日の早河洋(はやかわひろし)会長(兼CEO)。細切れでCMを入れざるをえない民間放送の立場で、正味一五分の時間枠内にCMを挟まないという英断も画期的な試みであった。
物語の舞台となるのは、海辺の広大な土地に建てられた施設、戦後の日本で芸能界のドンと呼ばれた「加納プロ」の総帥加納英吉が、私財を投じて建設した老人ホーム「やすらぎの郷」である。この施設に入ることができるのは、運営母体「やすらぎ財団」によって選ばれた人だけ。かつて芸能界で俳優や歌手として一世を風靡(ふう)びした人たち、テレビ局などの組織に属さずフリーランスで活躍した脚本家やミュージシャンなど、生活の保障もなく孤独な老後を送る人たちだけに入居資格が与えられる。
彼らが暮らすのは、広々とした芝生に建てられたコテージで、施設の本館には食堂やサロン、バーなどがあり、常駐するスタッフ、医療関係者もいて、ハード面でもソフト面でも至れり尽くせり。しかも、入居料も家賃や食費もいらない。食事づくりや、日常生活のわずらわしいことはすべて担当のスタッフがやってくれる。
ここで暮らす個性豊かな登場人物たちが引き起こす小さな事件をつぎつぎに挟みながら、物語は展開される。石坂さんが、元妻であった浅丘ルリ子さん、元恋人だった加賀まりこさんと共演する話題性があったり、愛煙家の倉本さんが、喫煙しない石坂さんや浅丘さんに、スパスパ煙草を吸わせたりする遊び心も、観る側にはおもしろい。しかし、物語の底には作者の「戦争」への思いや、現代の社会への警鐘が根づいていてどっしりと奥深い。
 市川崑監督に気に入られて、たくさんの名作に出演
──市川崑監督とは、金田一耕助シリーズをはじめ、「細雪」「おはん」「ビルマの竪琴」などたくさんの作品でご一緒なさっていますね。
「市川監督とはトヨタのCMの仕事など長くしていましたが、奇くしくもあの方も《縦の軸》を大切にする方だったんですよ。『横溝正史さんは、妙な作品も書くけれども、なかに素晴らしい作品もある、それは《縦の軸》を描いた話なんだ』とおっしゃっていました」。
「犬神家の一族」の主演に誘われたとき、最初は気乗りしなかったそうである。一九五○年代に東映で映画化されたときの片岡千恵蔵扮する金田一耕助は、ダブルのスーツにソフト帽をかぶり、拳銃を手にする姿であった。そんな姿は自分には似合わない、と断ろうとすると、「自分が描こうとしている金田一像は、原作どおりのよれよれの着物にボサボサ頭の金田一だ、拳銃なんて出てこない」と監督に言われて、出演を決意。
監督と着物や髪型、小道具にいたるまで練りに練ってつくりあげた金田一耕助が活躍する「犬神家の一族」(角川春樹事務所製作、東宝配給)は、内容のおもしろさ、音響や映像の美しさ、完成度の高さが評価され、「日本映画の金字塔」とまで称賛された。興行的にも大ヒットとなり、辛口批評で知られるキネマ旬報の「第五○回(一九七六年度)ベストテン」第五位に選ばれた(読者選出日本映画ベストテンでは、第一位)。市川、石坂コンビの金田一シリーズは、引き続き「悪魔の手毬唄」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊(くく)りの家」と製作され、いずれもヒット。そして、三○年後の二○○六年に市川崑監督、石坂浩二主演で「犬神家の一族」がリメイクされて話題となった。
──市川監督も《縦の軸》、家族のつながりを大切に描く方だったとおっしゃいましたが、やはり一つの家族の物語である「細雪」(八三年製作)も、素晴らしい作品でしたね。
「細雪」は谷崎が、妻・松子さんの姉妹をモデルに書いた作品だといわれている。大阪船場の豪商蒔岡(まきおか)家の四姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の姿を、太平洋戦争前の昭和一〇年代の世相を背景に描いて戦後ベストセラーになり、たびたび映像化、舞台化されている。
八三年に市川崑監督により製作されたときには、四姉妹を岸惠子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子が演じ、石坂さんは松子夫人がモデルといわれる次女幸子の夫貞之助に扮した。
この人物の視線がそのまま原作者谷崎の視線であることが、観客にしっかりと伝わるように、市川監督は貞之助をていねいに細やかに描いた。姉妹を演じる四人の女優たちの美しさや着物の豪華さに目を奪われがちだが、軸のしっかりした市川崑監督の人物描写、それに応えた石坂さんの演技によって極上の名作として遺された。
この作品の長女・鶴子役には、市川監督は山本富士子さんをイメージしていた。ところが、山本さんが舞台出演と重なるのでと、断ってきた。そこで、監督はパリに住む岸さんに国際電話をかけ、「ミスキャストで申し訳ないけど、山本富士子に断られて困ってるんや。出てくれへん?」と、直接交渉。
「細雪」が完成したとき、市川監督から「ミスキャストやと思ったけど、なかなかよかった」とほめられて嬉しかった、と後になって岸惠子さんは語っている。
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