知遊vol.13(2010年1月5日 発行)
【知遊の人】
雄雄しくも支える《新派》の屋台骨
サラブレッド大好きな永遠のお嬢様には、ドーンと一本「気骨」が通っている
水谷八重子(女優、歌手)
【児玉清の書斎へようこそ】
現役の医師である海堂さんの描く医療現場には、ハイレベルな臨場感があってわくわくします。
児玉清/海堂 尊
【大原美術館 一枚の絵】
モダン東京のきらめきと閉塞感を同時に表現した竣介の主張
・「都会」(松本竣介)
柳沢秀行
【特別インタビュー】
二〇一〇年を生きる坂本龍馬像を模索しつつ大河ドラマ「龍馬伝」をつくりたい
鈴木 圭(NHKチーフプロデューサー)
【囲碁と読書は友だち】
囲碁界に二〇歳の名人が登場
マイケル・レドモンド
【中国古典に学ぶ】
仁は人の心なり、義は人の路なり
・『孟子』
守屋 洋
【黒田東彦の世界を見る眼】
「気候変動」は最もホットな世界の緊急テーマ
・アジア諸国はどう対応する?
黒田東彦
【ここが違う菌の常識】
昔の菌も出ています
青木 皐/高田美果
【立松和平の、この人に会いたい!】
「お天道さんがいつも見ている」という感覚を取り戻そう
立松和平/藤田和芳
【ヒューマンドキュメント・医療機器を開発した人たち】第13回
X線機器の新たな領域を開いた、
世界初「直接変換方式FPD搭載循環器用X線診断装置」開発物語 PART1
福山 健
特集記事
【黒田東彦の世界を見る眼】
地球温暖化による「気候変動」が地球環境にさまざまな影響をおよぼしていることは周知のとおりです。地球温暖化による気候変動の影響は全世界に及びますが、なかでもアジアはとくに大きな影響を受けると考えられます。適応策には大幅な途上国支援の仕組みが不可欠だといえましょう。
ADBは、アジアの途上国に対する適応支援を強化しています。
地球温暖化による気候変動の影響は全世界に及びますが、なかでもアジアはとくに大きな影響を受けると考えられます。その主たる理由は、アジアには世界の人口67億人の半分以上に当たる38億人が住んでおり、人口密度が高いことにあります、しかも、アジアの絶対的貧困(一日当たり所得1.25ドル以下)人口が世界の3分の2の9億人にも達すると見込まれているのです。また、海岸付近に住む人々の数が多いことも影響を大きくしていますし、水不足が食糧供給に与える影響も強く懸念されます。
ここでは、アジアのなかでもとくに深刻な影響を受けると予想される地域を四つに分類して取り上げてみることにしましょう。
まず、第一は乾燥地帯。ここでは水不足と気温変化の激化が農産物の深刻な不作をもたらし、いっそう砂漠化が進む可能性があります。アフガニスタン、カザフスタン、パキスタン、ウズベキスタンなどの中央アジアや西アジアの国々が含まれます。私が最近訪れたモンゴリアもその一例です。
第二に、大河の流域やデルタ地帯では川筋の変化や洪水などの危険性が高まると考えられます。カンボジア、ラオス、パプアニューギニアなどの東南アジア諸国がその一例です。また、バングラデシュのガンジス川デルタ、タイのチャオプラヤ川デルタ、ベトナムのメコン川デルタ、中国の揚子江デルタなどの巨大デルタ地帯は、人口の集積する地域でもあり、海水面上昇や暴風雨の危険にさらされています。
第三は小島であり、海水面上昇や海岸侵食の影響が懸念されます。太平洋やインド洋の島嶼国がその典型例ですが、インフラや住宅の大半が浸水の危険にさらされています。
第四に、山岳地帯のエコシステムが深刻な影響を受けるおそれがあります。カラコルム山脈、ヒンドゥクシュ山脈、クンルン山脈、パミール高原、天山山脈などは、過去に経験したことのない気候変動の危機に直面しており、氷河の消滅、水脈の変化、下流地域の洪水、気温変化、生物多様性減少、農産物不作などの懸念があります。
世界的に見た気候変動の緩和策のコストは年間2000億ドルともいわれており、これに対して適応策のコストは年間1000億ドルともいわれています。しかし、緩和策についてはCDM(Clean Development Mechanism)のような自動的なコストシェアリングの仕組みが存在するのに対し、適応策にはそうした仕組みは存在しません。しかも、一部の貧困国に大きな負担がかかることを考慮すると、適応策には大幅な途上国支援の仕組みが不可欠だといえましょう。
ADB(アジア開発銀行)は、アジアの途上国に対する適応支援を強化しています。各国の気候変動リスクを分析するとともに、前述のような気候変動の影響を受ける部門への支援を優先的に行うようにしています。とくに、道路、鉄道、発電所、送電網、上下水道、灌漑施設、港湾などについては、気候変動に耐えられるインフラ投資を支援することにしています。
もちろん、こうした適応のための投資にはコストがかかります。その負担を和らげるため、ADBの一般的な譲許的資金であるADF(アジア開発基金)や特別のCCF(気候変動基金)を活用するほか、ADBを含む国際開発銀行の協力のもとに設立されたCIF(気候変動投資基金)や米英日の拠出で設立される適応のための基金など、多くの世界的な資金を利用することにしています。途上国の適応を支援するためには、いっそうの資金手当てが急務だといえます。
ただ、資金的手当てもさることながら、アジア各国が互いに適応の経験を共有することを通じて、気候変動に適応するための長期計画を策定し、早急に実行に移すことが絶対に必要です。その際、国民的な理解を進めることが肝要であり、たとえば、気候変動に影響を受けやすい地域を示した地図を作成して適応を促すようなことも必要になるでしょう。
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黒田東彦プロフィール
1944年生まれ。1967年東京大学法学部卒業、大蔵省入省。1971年オックスフォード大学経済学修士。1996年財政金融研究所所長、1997年大蔵省国際金融局長、1999~2003年大蔵省財務官、2003年4月より内閣官房参与、同年9月一橋大学大学院教授となる。2005年2月よりアジア開発銀行総裁に就任。 主要著書--『財政・金融・為替の変動分析』(東洋経済新報社)、『国際交渉̶異文化の衝撃と対応』(研究社)、『通貨外交̶財務官の1300日』(東洋経済新報社)、『元切り下げ』(日経BP社)